こんにちは、陽介です。
ちょっとインパクト強めの画像をトップに持ってきていますが、今日はタイトルにもある通り『敗戦の記憶』。
過去の予選会を振り返りますシリーズの第二弾です。
第一弾は下のリンクからどうぞ。
2016年、歓喜の予選会突破。
そして箱根駅伝から遠のいた2年間。
その苦しい時代の話です。
突破した時の記憶はさらさらと思い出せるのですが、負けた時の記憶は地面がガチガチに固まっていてなかなか掘り出せない感じ。蓋をしている感じ。
過去の自分と喋るつもりで、優しく堀り下げていきましょう。
こころのシャベルで。『喋る』だけに~!
…次、行きませふ。
予選突破した翌年、2017年の成績はこちらです。
(引用:箱根駅伝-第94回大会予選会の総合成績 (plala.or.jp))
予選・本戦経験者、実力者がほとんど残るチーム状況で迎えたものの、第12位。
チームのポテンシャルは前年より遥かに高かったものの、前回より順位を大きく落としての予選敗退でした。
当時のキャプテンは大山憲明さん。
肉体はマジで『馬』のそれ。
『大山憲明』でググるとたくさんの馬の写真が…間違えた。
大山さんの肉体美画像が出てきますので、ぜひ調べてみてください。
ちなみに大山家にも第一子が誕生し、なんと誕生日がうちの虹介ボーイと3日違いの同級生です。
いつかタスキを繋ぎなんかしたら激熱ですね。
大山さんは、現在もコニカミノルタで実業団選手として活躍しています。
《馬…じゃなくて大山さん》
当時の創価大学のレベルから考えたら、大山さんがこのチームにいるのは申し訳ないくらいのレベチな実力者。
箱根常連校・強豪校でもエースを張れるくらいのポテンシャル・実力の持ち主です。
創価大学が箱根駅伝に絡んでくるチームになったのは、大山さんの入学・存在も大きかったのではないかと思います。
(創価大伝統の男気ジャンケンを定着させたのも大山さんです。あと古場さん。)
強くて、優しくて、カッコよくて、憧れの存在でした。
そんな大山さんがラストイヤーに箱根路を走れない。
それが本当に悔しく、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
なぜ戦力は整っていたのに突破できなかったのか?
僕なりに考える理由は過信と油断です。
前回の記事でも書きましたが、2016年予選会は集団走が驚くほどカッチリとはまった。
それが大きな勝因として予選会を突破しました。
ではここで一度、集団走について理解を深めておきましょう。
予選会は12人走ったうちの上位10人の合計タイムで順位が決まります。
勝ち抜くためには、エース級がタイムを稼ぐことに加え、8~10人目の選手がいかに早くゴールできるかも重要な要素になってきます。
そのような位置の選手を確実に走らせるために、集団を形成して一定のペースを刻む。
ゴチャゴチャした環境の中でも、仲間の後ろで走ることで無駄なエネルギーの消耗を抑えながらレースを進められます。
実力のある選手がタイムを10秒周りのために使うことで、ぎりぎりのメンバー層が20秒も30秒も早く走れるイメージ。
まとめると集団走とは…
集団で走り、全体の底上げをすることによる合計タイムの短縮を目指す戦法のこと。
予選会においては王道ともいえる戦法で、ほとんどの大学がこの戦い方をしています。
それだけ有効的な戦い方ではありますが、決してそれだけで勝てる訳ではありません。
集団走が決まれば勝てる。
前年あまりにきれいな集団走での勝ち方をしたがために、そこへのこだわりが強くなり過ぎてしまった。
手段の目的化、というやつです。
本来であれば、予選会を突破するための手段である集団走。
声を掛け合い、励まし合いながら最後までまとまってゴールを目指す。
それが目的となってしまっていました。
それの何がいけないのか?
集団走は、まとまることによるタイムの底上げが望める半面、その集団のタイムが遅ければ合計タイムがガクッと落ちます。
集団を作ることが目的になっていると、こぼれそうなメンバーがいた時に周りはエネルギーを注ぐことになります。もしかしたら集団全体でペースを落とす、なんて方法を取るかもしれません。
しかしレースはレース。
実力の差はあれど、周りにエネルギーを使い過ぎては自分の体力が持ちません。
また、きつそうな人がいるからという理由で集団のペースを落とすのは、さっきも述べた通り全体のタイムが大きく落ちるので厳禁行為です。
その厳禁行為をしてしまった。
それが2年生の時の予選敗退の大きな原因です。
そしてその厳禁行為の発端が僕でした。
中間点を過ぎたあたりで既に体力を消耗しており、さらに横腹に痛みがでて呼吸ができないという満身創痍な状態。
そんな自分に『つっきー、一旦落ち着こう。』
と周りの選手が気を使ってくれる。一時ペースを落としてくれる。
一年生の時、きつくなった吉留と2人で一度ペースを落としたことで後半盛り返せた。
それが成功体験の一つとして、悪い意味で作用していた部分もあったように思います。
一番避けるべき、集団走での馴れ合い。
1人の10秒の遅れが、5人6人分が掛け算されて大幅な遅れになる。
そんなことをしていたら、先頭集団で大山さんやムイルが稼いだタイムも簡単に帳消しになってしまいます。
つらさ、申し訳なさ、情けなさ。
そんな負の感情が渦巻く中で通過したのが、今年応援した砂川口でもありました。
予選会に臨むにあたり、決して準備を怠っているわけではありませんでした。
歴代、そして昨年のタイム・順位を分析し、集団走がどれくらいのペースを刻めれば通過できるか、1キロ単位で計画が立てられていました。
そしてレース当日も、計画していたタイムとの差もそこまでなかったような覚えています。
実際に結果を見ても、集団はだいたい前年と同じようなタイムでゴールしています。
何が違ったのか?
そう、雨です。
1年生の時のカンカン照りのレースとは対象に、2年生の時のレースは雨の降る肌寒い環境のなか、高速レースになっていたのです。
全く同じ環境でのレースなんて一つもありません。
何が起こるか、どんな展開でレースが進むかなど、始まってみなければ分かりません。
それにも関わらず、
自分たちの計画通りのペースが刻めれば良い。
集団を崩さずに完成させれば良い。
昨年が上出来レースだっただけに、比較・お手本の対象が過去の自分たちだった。
相手がいる勝負事でありながら、自分たちばかりにベクトルが向いていた。
過信と油断。
それにより、いざ蓋を開けてみたら予選突破ラインに全然届いていなかった。
それが2018年、二年生の時の予選会です。
予選を突破した4年生の時の予選会では、集団走をコントロールする立場として、この時の反省をかなり生かしました。自分でもなかなか良い戦い方ができたと思っています。
それは大山世代の先輩たちと涙を飲んだ、あの時の失敗があったから。
ラストイヤーでの予選会突破・本戦復活の背景には、実はもう一つ、生かした失敗があります。
それは3年生の時の失敗。
またそれも長くなりそうなので、今日はこの辺で👋
今日もつきだて家に遊びに来てくださり、ありがとうございました。
記事担当:陽介
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箱根ファンの私にとってはとってもレアな話!
こういうの、もっと聞きたいっ読みたいっ!!!
よろしく〜ヾ(๑╹▽╹)ノ"
PS…シャベル、、喋る…うけたwww
まだまだオヤジギャグのキレがイマイチ戻って来ていませんので、ギャグのキレもご期待下さい🦏